ディアボロとトリッシュの捻れた相似性

ジョジョの奇妙な冒険第5部「黄金の風」のラスボスである、ギャング組織のボス「ディアボロ」には、「トリッシュ・ウナ」という娘がいる。ディアボロはジョジョ5部の時代である2001年から遡ること16年前、1985年6月に、故郷のサルディニア島でソリッド・ナーゾという偽名を名乗り、ドナテラという女性と恋に落ちた。そのときにドナテラに宿った命がトリッシュである。

ディアボロ
トリッシュ・ウナ

ボスは娘であるトリッシュの存在を知らず、ドナテラの病死をきっかけにその存在が明るみに出る。そしてボスは、トリッシュが組織内の裏切り者の手に落ちて利用されることを防ぐため、ブチャラティチームにトリッシュの護衛を任じることになる。

裏切り者である暗殺チームの見立てでは、トリッシュはスタンド能力を持っており、その能力が「ボスを倒すヒント」になると考えていた。しかし結論としては、トリッシュには「物を柔らかくする」スタンド能力はあったものの、それはディアボロの「時を消し飛ばす」能力とは全く異なり、前者から後者の能力を導き出すのはまず不可能である。

ただこれとは別にディアボロとトリッシュには、かつてジョジョ3部で空条承太郎とジョセフ・ジョースターがDIOの存在を感知できたのと同じ力があり、数100m以内にいれば互いに存在を感知できる。このため暗殺チームが、顔も所在もわからないボスを倒すために、トリッシュを手に入れようとしたことは無意味ではない。あるいは暗殺チームのホルマジオが語った「娘の能力からボスの正体がわかる」とは、この感知能力も含めた予想なのかもしれない。

ディアボロの存在を感知するトリッシュ

そしてディアボロとトリッシュが、ジョースターの血統のような強い感知能力を持つのは、この父娘がジョースターに並ぶほどの強力な魂の力、「悪魔の魂」とでも呼ぶべき異質かつ強力な魂を持つためである。

そしてこの異質な魂を基にしている両者のスタンド・人格・精神・肉体は、表面上はあまり似ていないが、深いところでは「相似」している。

ではここからは、この父娘の相似性を一つ一つ見ていく。

スタンド

ディアボロのスタンド「キング・クリムゾン」は、自らに宿る「純粋なる悪魔の力」を爆発的に解放することで、「周囲の時空間を一時的に消し飛ばす」ことができる。

キング・クリムゾン
消し飛ばされる時空間

これに対してディアボロと普通の人間ドナテラの間に産まれたトリッシュでは、「悪魔の力」は薄まっている。そして彼女のスタンド「スパイス・ガール」は「薄められた悪魔の力」を周囲の物質に流し込むことで、「物質を柔らかくする」ことができる。

スパイス・ガール
柔らかくされた座席シート

キング・クリムゾンからスパイス・ガールに起こった能力の変化は例えるなら、「毒物」を希釈して「刺激物」に変える変化といえる。その結果トリッシュは、スタンド名どおりの「一味違う」能力を得ている。

キング・クリムゾンの純粋なる悪魔の力は世界と「敵対」しかできないが、スパイス・ガールの薄められた悪魔の力は世界との「融和」が可能であり、物質を柔らかくする能力はその賜物なのである。

人格

ディアボロは作中で語られたとおり「二重人格者」である。もう一つの人格は「ヴィネガー・ドッピオ」と名乗り、ディアボロに代わって少年の姿と性格で日常を過ごし、ボスの正体をカモフラージュする役割を担っている。この人格はディアボロが幼い頃に生み出されたものである。

ヴィネガー・ドッピオ

一方トリッシュにも幼い頃から「もう一つの人格」がある。ただこちらの人格はトリッシュに代わって彼女の肉体を動かすようなことはなく、トリッシュの心の内から彼女を見守り続け、作中でトリッシュがスタンド能力を完全に目覚めさせた時、人型スタンドに宿る人格として表に現れることになる。

そして奇しくも両者の「姓」は、この差異をよく象徴している。「ドッピオ(Doppio)」はイタリア語で「二重」を意味する単語であり、英語の「ダブル」に相当する。一方「ウナ(Una)」はイタリア語の冠詞であり、英語の「a」と同じく「一つの」を表す(ちなみにイタリア語には「男性名詞」と「女性名詞」なるものがあり、「ウナ」は女性名詞に付き、男性名詞に付くのは「ウノ」である)。

この姓が表すのはつまり、ヴィネガー・ドッピオは「2つ目の人格」だが、トリッシュ・ウナは「1つの人格」を保っているということである。

「悪魔の魂」を持って生まれたディアボロは、肉体内の異物が体細胞から攻撃されるように、「世界の中の異物」として世界から攻撃される宿命を持つ。そして彼はそれから免れるために、幼少期に「無害な別人格」を生み出した。それが日常を生きる「元ディアボロ少年」であり、5部の時代での「ドッピオ」である。そしてディアボロ本来の「悪魔の力を持つ人格」は、世界からの攻撃を少しでも弱めるために、普段は心の奥深い場所に隠れている。その結果、引っ張った粘土の塊がちぎれるように、ディアボロの魂は2つに分裂したのである。

一方ディアボロから「悪魔の魂」が遺伝したトリッシュも、世界から攻撃される宿命を受け継ぐ。しかし彼女の「悪魔の力」はディアボロよりもかなり弱い。このため彼女は、人が自らの本性を隠すように、「悪魔の力」を心のそれほど深くない場所に隠すだけでこの問題を解決できた。こうして隠された力は、「トリッシュと別の人格」へと育つことになるが、2つの人格はひょうたんの形のように「1つの塊」であり続けている。

つまり彼女のスタンドの人格は、フーゴが秘めた凶暴性を基にしたスタンド「パープル・ヘイズ」辺りと大差ないわけである。

精神

ドッピオとトリッシュには、「他者に触れられることを異常に嫌い、過剰な反撃をしてしまう」という性格上の共通点がある。彼らは心の奥に隠した「悪魔の魂」を攻撃する世界からの作用により、普通の人間よりも理不尽なトラブルに遭いやすい。それが他者との接触を嫌う性格を培ったのである。

腕を掴まれキレるドッピオ
肩を掴まれキレるトリッシュ

これに加えてドッピオの精神は、人生の道程で大きく歪められている。かつてサルディニアで神父の養子として日常を生きていた彼は、19歳までは年相応の姿で、それなりに健全に成長していた。しかし故郷の村を出た後の彼は、完全に悪魔人格(現ディアボロ)の傀儡と化し、顔も名前も変えられ、そのまま15年を過ごし、現在では昔の記憶を完全に消去され、中学生前後の姿と心で生き続けている。

この歪んだ生き方によって、ドッピオの精神は常に混濁しており、頻繁な頭痛に悩まされている。

ところで現在の彼の「名」である「ヴィネガー(Vinegar)」は英語で「酢」の意味だが、「酸っぱさ」は食物の「腐敗」を知るための味覚とされる。そしてこの名は「有機的に壊れかけた」彼の精神状態をよく象徴している。

また余談だが、イタリア語版のジョジョでは「ヴィネガー」はイタリア語に翻訳されて、彼の名は「Aceto Doppio(アチェート・ドッピオ)」になっているそうである。

肉体

ディアボロとトリッシュの魂は前述したとおり、「世界に敵対する異物」である。そしてこれによって彼らの肉体は、「肉体内の癌細胞」に相似した性質を得ている。

生物の肉体内の細胞1つ1つには、通常「アポトーシス」と呼ばれる機能が仕込まれている。これは肉体内で細胞が好き勝手に活動して肉体に害を及ぼさないように、不要になった細胞を自死させるなどの仕組みである。一方で癌細胞は、アポトーシスの束縛から解放された「暴走した細胞」であり、自死することも老化することもない。

ディアボロの肉体もおそらくは、「悪魔の魂」の影響で癌細胞のように、老化がかなり抑えられている。ディアボロは作中で自分のスタンド能力を、「本来浮き沈みがある人生を沈むことなく絶頂のまま生きられる」ものと語っていた。それと同様に彼の肉体もまた、全盛期が長いのである(ただ彼の寿命が具体的にどれだけ長いかは不明である)。

ところで作中でディアボロが着ている衣服は、ジョジョ5部のキャラクターの中でも一段と奇抜で、34歳の男性が着るには似つかわしくない。これは彼の魂の特異さと同時に、彼の肉体が年齢以上に若いことも表しているのだろう。

ディアボロの衣服

一方トリッシュの肉体が、ディアボロと同じ性質を持つかは不明である。あるいはスタンドのところで解説したように、「悪魔の力」が薄められ、世界との「融和」が可能なスタンドを持つトリッシュは、普通の人間どおりに老いるのかもしれない。

魂の匂い

5部作中でディアボロは、自分の「魂の匂い」をドッピオに与え、トリッシュと同じ魂の匂いに変えるということを行っている。

そして物理的に目が見えなくなり、霊的な視覚で人を識別していたブチャラティは、この「魂の匂い」に騙され、ドッピオをトリッシュと見間違える。

魂の匂いでトリッシュに化けたドッピオ

この「魂の匂い」とは、ディアボロとトリッシュに宿る「悪魔の力」のことである。前述したとおりドッピオは「世界から見て無害な魂」である。つまりドッピオ自体には「悪魔の力」は無く、ドッピオでいる間はトリッシュにも感知されない。

一方でディアボロの人格が心の奥底から浮上してくると、ドッピオはディアボロが持つ「キング・クリムゾン」の能力を限定的に使えるようになり、トリッシュにも感知されるようになる。ドッピオをトリッシュと同じ魂の匂いに変えるのはこの応用であり、十分可能なことである。

魂の姿

ジョジョの世界の人間は通常、肉体内に肉体と同じ姿の霊体である「魂」を宿している。そしてこれに加えてスタンド使いは、スタンド能力を行使するための霊体である「人型スタンド」なども持っている。

5部終盤でブチャラティチームとディアボロは、チャリオッツ・レクイエムの能力で魂を他の人間と入れ替えられ、そしてその能力が解除される場面では、肉体から魂が半分抜け出ていた。しかしディアボロだけは他の人間と異なり、出ているのは「キング・クリムゾン」だけで「ディアボロの姿の魂」は出ていなかった。

肉体から半ば抜け出た魂の姿

この理由は、ディアボロの魂の姿こそがキング・クリムゾンだからである。現ディアボロは生まれてから34年間、日常生活のほとんどを現ドッピオに任せており、彼自身は心の奥底で邪悪な性質を熟成させ続けてきた。こうして自分の肉体とあまり関わらなかった彼の魂は、それ自体がキング・クリムゾンの姿に成長した。これはトリッシュが心の奥に封じた「悪魔の力」が、スパイス・ガールの姿に成長したのと同じことである。ディアボロは魂の姿からして「人ならざる悪魔」なのである。