空条徐倫たちのハッピーエンド

ジョジョの奇妙な冒険第6部「ストーンオーシャン」の主人公である空条徐倫は、ジョジョ初の女性主人公である。彼女は敵であるプッチ神父の策謀で刑務所へと入れられ、そこでプッチ神父が送り込む敵スタンド使いたちと戦い続ける。

その戦いは、他の部の男性主人公のそれと比べても非常に激しいものである。彼女の肉体は時に隕石に貫かれ、時に手足の表裏を反転させられ、戦いのたびに深く傷つく。

隕石に貫かれた徐倫
右手が裏返った徐倫

徐倫は苛烈な戦いで負った深い傷を、仲間であるF・Fの万能細胞的なスタンド能力で埋めてもらったり、自分のスタンド「ストーン・フリー」の糸で縫ったりして応急処置を行う。だがそれらはいずれも完全な治癒を望めるものではなく、傷とダメージは肉体に蓄積されていく。

また徐倫は精神的にも、刑務所内で日夜囚人として屈辱的な扱いを受け、懲罰房棟では囚人のクソを顔にぶつけられ、ゴキブリがたかっていた食事を口にするなど、ストレスに満ちた日々を過ごす。

クソをぶつけられた徐倫

だが彼女はどんな痛みも苦しみもストレスも、「父親を救う」目的と「ジョースターの血統」としての使命感で塗りつぶし、心を強くハイテンションに保ちながら戦い続ける。


しかし彼女は空条承太郎の娘とはいえ、物語が始まるまではちょっとした不良娘、父親からの愛情を感じ取れなかったがゆえにグレてしまった極めて普通の女性である。

このような彼女にとって、作中で心身に負った傷はあまりに深く重い。例えば陰惨な戦争から帰ってきた兵士が平穏な生活の中でも過去の古傷やトラウマに苦しみ続けるように、徐倫も戦いの日々が終わって緊張の糸が切れれば、同じ状態に陥ることは必至である。

また「傷を背負っている」のは空条徐倫の仲間や承太郎も同じである。エルメェス・コステロは姉を殺したギャングへの復讐に人生を捧げ、わざと罪を犯して刑務所に入り、その反社会性を自覚しつつも復讐を完遂した。ナルシソ・アナスイは分解癖という呪われた心に苛まれ続け、ついには人を殺してしまった。ウェザー・リポート(ウェス・ブルーマリン)は人の身に余る運命に翻弄されて人生を台無しにされた。空条承太郎は生まれ持った超越性ゆえに愛する娘への普通の接し方がわからず、娘を不幸にしてしまった。

彼・彼女らも徐倫と同じく、過去の傷から解放された人並みの幸せは、決して得られない者たちである。

徐倫と仲間たち

しかし徐倫たちは6部最後のプッチ神父との戦いで全員殺され、その後世界は時が一巡して、別の世界へと生まれ変わる。

そして一人生き残ったエンポリオ少年がプッチ神父を倒して降り立った世界では、徐倫はアイリンという名前の別の女性となり、アナスイはアナキスという名前の別人に、その他エルメェスやウェザーも良く似た別人になっている。

そこでの彼女たちは、一巡前の世界での「記憶」は失われているが、それと同時に記憶に深く絡みついていた「肉体と精神の傷」も消えている。またその一方で、彼女たちが一巡前の世界で得た心の「強さ」「清らかさ」そして「絆」は残り続けている(ちなみに元エルメェスの口ぶりからすると、この世界での彼女の姉は健在かもしれない)。

アイリンとアナキス
元エルメェス

思い出を失って別人になってしまったこの結末が、彼女たちにとって良い結末かはわからない。しかしこの結末は、本来なら過去の傷に苛まれながら生きていくはずだった彼女たちへの1つの「救済」には違いない。


ところでアイリンには徐倫と同じく首筋に「星形のアザ」がある。そしてここでは詳しく解説しないが、このアザを持つ者はジョジョの世界において、「運命を操るもの」の目を強く惹きつけ、物語のように激しい人生を送らされる定めにある。つまりこれは一巡前の徐倫を深く傷つけた元凶といえる。

しかしおそらくアイリンのアザが持つ意味はそれとは異なる。この先のアイリンの人生は語られることのない物語であり、それは言い換えれば、物語として語る価値のない平穏で平凡な人生である。そして激しい物語を戦い抜いた空条徐倫を受け継ぐアイリンのアザは、物語を終えた主人公が得られる特権、多くの物語の締め言葉にある、「末永く幸せに暮らす」特権を、「運命を操るもの」が約束する印なのであろう。