読者が目にする加工された世界

「ジョジョの奇妙な冒険」は知ってのとおり、荒木飛呂彦氏が描く漫画作品である。そしてジョジョに限らず創作物の「絵」や「ストーリー」は往々にして、「読者」を意識した加工が施されるものである。

例えば漫画やアニメで「姿や正体が不明のキャラクターが黒塗りで描かれる」のは読者向けの加工の好例である。またキャラクターが物語の始まりや終わりで読者を意識した口調で語り始めるというのも、ストーリー面での読者向けの加工である。

黒塗りのキャラクター
読者に向けて語る康一

そしてジョジョにおける加工はカラー原稿の「色」などを見ても分かるとおり、他作品に比べてかなり自由かつ大胆に行われている。それはまるでヤドクガエルの警告色のように、「描かれているものをそのまま信じてはいけない」と訴えているかのようである。

ジョジョのカラー表紙

漫画という形で読者が見るジョジョの世界は、その世界内で実際に起こっている現実をそのまま描いているとは限らない。オペラのストーリーが歌とともに語られるように、ファッションショーがこれからの流行を極端な服飾で表現するように、ジョジョの世界も必要に応じて加工された後に読者に提供されている。

では以下にこれらの加工のうち、重要と思われるものを取り上げていく。

ジョナサンとディオの身長

ジョジョ1部では成人したジョナサン・ジョースターの身長は195cmであり、一方ディオ・ブランドーの身長は185cmである(「JOJO magazine 2022 WINTER」P43に掲載された、荒木飛呂彦氏直筆の身上調査書(キャラクター設定書)より)。

また体格的にも筋骨隆々としたジョナサンに対して、ディオは一回り以上細身なはずである。しかし作中で二人が並んで立った時には「顔の高さ」は同じに描かれ、またディオの体格もジョナサンに遜色ない体格に描かれている。

ジョナサンとディオ

この理由は、二人の身長・体格差を正しく描き、ディオの顔の高さが一段低く、体も一回り小さいと、それを見る読者が無意識に立場や強さなどの「上下」のイメージを持ってしまうからである。それは両者を対等の者として対比するジョジョ1部のテーマ的に望ましくない。

そしてこの、「対等の者を同じ顔の高さに描く」という手法は、2部のジョセフ・ジョースター(195cm)に対するシーザー・ツェペリ(186cm)、3部の空条承太郎(195cm)に対する花京院典明(178cm)などでも踏襲されていくことになる。

広瀬康一の身長

ジョジョ4部の広瀬康一・小林玉美・間田敏和の3人は、「作中で身長が縮んだキャラ」として有名である。広瀬康一の本来の身長は157cmで、登場初期はそこそこそれに準じて描かれていたが、それ以降は本来の身長より明らかに小さく、100cm未満に描かれることがほとんどである。

康一と承太郎

康一はどうやら承太郎や仗助などとの身長差を「誇張して」小さく描かれるようになったらしい。そして玉美や間田は「縮んだ康一の身長」に合わせて本来の身長より小さく描かれている。

ちなみに玉美はもともと身長が153cmと康一より低いが、初登場時には康一より大きく描かれていている。これは彼がゆすりたかりの手管で康一を圧倒していたことを絵でも表現した結果だろう。

康一と玉美
康一と間田
康一と玉美(初期)

いずれにせよ彼らについては、「実際のジョジョの世界」と「読者の見る世界」とで大きな歪みが生じているのは疑いない。また康一の持つ人型スタンドであるエコーズACT3も実際には、本来の康一の身長に合わせた姿のはずである。

吉良吉影のネクタイ

ジョジョ4部のサラリーマンな殺人鬼、吉良吉影のトレードマークは「ドクロが描かれたネクタイ」である。しかしこのネクタイはまず間違いなく、彼の「殺人鬼」というキャラクターを表すために「読者が見る映像に付け足された」ものである。つまり実際の彼は普通のネクタイを付けている。そう考えないとあまりにも不自然である。

吉良吉影のネクタイ

また上記の考えは、吉良が川尻浩作の顔になった後も、ドクロ柄のネクタイを付けていることからも補強される。仮にこれがジョジョ世界内の現実であるなら、顔を変えた吉良がその後もわざわざドクロ柄のネクタイを付ける理由はない。また吉良を探すために駅の通勤客を隠し撮りして、ドクロ柄ネクタイの川尻を見た露伴が気づかないはずもない。つまりこれは川尻浩作が吉良だと知っている読者に向けて、そう加工されているに過ぎないわけである。

露伴が撮った川尻浩作のネクタイ

トラック運転手の顔

ジョジョ5部のクラフト・ワーク戦では、グイード・ミスタが敵スタンド使いだと思って対峙したトラック運転手が、「いかにも敵らしい箔のある顔立ち」をしていた。しかし次のシーンで実は一般人だと示された途端にモブキャラの顔に変わっている。これもジョジョにおける「演出上の加工」の1つであり、読者に誤認させるために一時的にそう描かれたわけである。

ミスタが敵だと思って対峙した運転手
実は一般人だった運転手

なお、「モブキャラが重要キャラのような顔立ちに描かれる」この演出は逆に考えると、作中の主要キャラは演出上「人目を引く顔立ち」に描かれているだけで、実際はもっと十人並な顔であるという理屈も成り立つ。ただ実際の彼らが元から人目を引く顔立ちであれば補正は必要ないわけで、つまり作中のどのキャラに顔の補正が行われているかは、考えたところで結論は出ないだろう(作中で顔立ちについての言及があれば話は別だが)。

ブチャラティが使うノートパソコンの画面

ジョジョ5部でブチャラティがボスからの指令を受け取ったりする際に使っていたノートパソコンは、作中の描写では画面遷移の際の演出がいちいち無駄に派手である。

ボスからのメールを受け取った際のPC画面
逆探知された際のPC画面

これもまたジョジョにおける「読者向けの加工」の1つであり、実際にジョジョ世界内でブチャラティたちが見ている画面はもっと地味なはずである。

そしてこのように加工されている理由は、「パソコンを通して起こっていることの重大さ」に比べて、リアルなパソコンの画面だと地味すぎて釣り合いが取れないため、画面演出を派手にしているわけである。

翼の上のサッカーボール

ジョジョ5部のノトーリアスB・I・G戦でトリッシュ・ウナが見た、「ジェット機の翼の上を転がるサッカーボール」は、実際は「ノトーリアスB・I・G」である。

ノトーリアスB・I・G
見間違えられたノトーリアスB・I・G

つまりこのシーンでは、「トリッシュの思い込みでそう見えた物」がそのまま絵として描かれている。

肉体を捨てたF・F

ジョジョ6部作中で、知性を持つ実体化型スタンドであるフー・ファイターズは、死亡した囚人エートロの肉体に憑依し、その姿と顔で活動してきた。しかし6部中盤でプッチ神父の襲撃から逃れるため肉体を捨てることになる。そのフー・ファイターズは、最初はスタンドそのままの姿で描かれていたが、直後にスタンドとエートロの顔を合わせた姿に変化する。

フー・ファイターズとエートロの顔
エートロの顔で描かれたフー・ファイターズ

これは実際に姿が変わったわけではなく、スタンドそのままの顔では表情に乏しく感情豊かに描くことができないため、読者向けにエートロの顔で描かれているだけであろう。

枯れ木の彫刻

ジョジョ7部のワイアード戦で、ジョニィ・ジョースターが枯れ木を人の形に彫刻し、敵のポーク・パイ・ハット小僧がそれをジョニィと誤認するシーンがある。そしてこの彫刻は目鼻口までしっかり作り込まれているように見える。

枯れ木の彫刻

しかしこれは前述したトリッシュの例と同じく、ポーク・パイ・ハットが誤認した姿をそのまま描いただけであり、実際は一瞬人間に見間違えれば充分程度にしか作られていないはずである。

スタンドは半透明

ジョジョ6部のグーグー・ドールズ戦で言及されているとおり、スタンドは本来「半透明」であり、向こうの景色が透けて見える。作中でその通りに描かれることが少ないのは、もともと濃い絵柄がさらにごちゃごちゃして分かりづらくなってしまうからであろう。ともあれ作中のスタンド使いには、スタンドの向こう側の風景は常に見えている。

半透明に描かれたグーグー・ドールズ

ただし4部でハーヴェストが吉良吉影の前方に壁を作り出して視界を遮ったように、スタンドがごちゃごちゃしていればその向こうを著しく見えにくくすることは可能である。

視界を遮るハーヴェストの壁

命令操作タイプでないスタンドへの命令

ジョジョ3部終盤のクリーム戦では、ポルナレフがシルバーチャリオッツに自分の体を引っ張らせる際に、チャリオッツにあれこれ命令している。だがポルナレフはチャリオッツをそれまでずっと、「自分のもう1つの体」のように動かしてきており、それを基準に考えるとこのシーンは不自然である。またこれと同じ類のシーンは4部のキラークイーンや5部のゴールド・エクスペリエンスなどでも見られる。

チャリオッツに命令するポルナレフ
キラークイーンに命令する吉良吉影
ゴールド・Eに命令するジョルノ

結論としてはこれらは読者向けに「シーン」自体が加工された演出である。つまり実際の彼らは命令のセリフを発することなく行動している。この演出の理由は、これらのシーンを実際の光景そのままに描くと、地味かつ読者から見てそのキャラがどう行動しようとしているのか伝わりにくくなってしまうからである。ジョジョの演出は「派手さ」「熱さ」「わかりやすさ」を重視しており、そのためならこのレベルの「現実」と「描写」の食い違いは許容されているわけである。

美那子の彼氏VS吉良吉影

ジョジョ4部で吉良吉影がたまたま出会ったカップルの彼氏を見開きページで爆殺したシーンは、非常にインパクトが強く有名である。しかしこのシーンはキラークイーンの能力的におかしい。なぜなら爆破対象と吉良がこれほど近いと、吉良も被害を免れないからである。

ゼロ距離で爆破する吉良吉影

そして仮にこれが何らかの手段で実現可能であるなら、後の仗助との戦いでも空気弾の爆破半径を気にする必要はなかったはずである。

近距離なので爆破できない吉良吉影

これもまた「シーンの加工」であり、その理由は「両者の戦力差」にある。一般人に対してのスタンド使い、特にパワー型スタンドを持つ場合の優位性は絶対であり、この状況でのスタンド使いは一般人をどのようにでも料理できる。そして件のシーンはこの「どのようにでも」が省略されている。

つまり実際の吉良は男を容易に爆弾化してから距離を取り、男の接近を容易に阻みつつスイッチを入れた。しかしこのように先の見えた、戦いにもならない戦いの推移を煩雑に描く意味は薄い。その結果この二人の戦いは、全てを1コマで片付ける描写に加工されたのである。

またその後に美那子が「手」だけを残して爆破で消されたシーンも、そのような器用な爆破ができるわけではなく、「手を切り取る」場面が省略されたものと考えられる。

「時を飛ばした世界」での「血の目潰し」

ジョジョ5部のラスボスであるディアボロのスタンド「キング・クリムゾン」は「時間を消し飛ばす」という能力を持ち、その領域内ではディアボロとキング・クリムゾン以外の万物は「実体」を失う。

このため例えばディアボロが攻撃を受けそうな瞬間に時を飛ばせば、その攻撃はディアボロをすり抜ける。そしてその逆にディアボロが他の物体に干渉することもできない。

しかしディアボロが「時を飛ばした世界」でポルナレフやジョルノに使った、自分の血を相手の目にかける「血の目潰し」は、血が目にかかる音がしていることから、一見すると干渉しているように見える。

ポルナレフの目に血をかけるディアボロ

結論を言えばここでのディアボロは、「自分の血を相手の目の辺りに置いて滞空させている」だけである。つまりこのシーンでは、本来は発生しないはずの「血が目にかかる音」が擬音として足されている。その理由は、擬音が無いと相手の目の位置に血が被さったことがわかりづらいからであろう。

これは例えば宇宙戦争ものの映画やアニメで、空気がないため音が聞こえないはずの宇宙空間で、視聴者に爆発音を聞かせるのと似た演出といえる。

自分の指を食べるポルポ

これは演出ではなく本当に食べている。詳しくは『ブラック・サバス』のスタンド解説を参照のこと。

自分の指を食べるポルポ

とりあえず思いついたものをひと通り。また何か思いついたらその都度加筆する予定。