公式スタンドパラメータの信頼性と存在価値
当ページの要点
- ジョジョ5部から公式情報として紹介されるようになった「スタンドパラメータ」とそれに付随する「スタンド解説」は、あまり信頼できない。
- なぜなら作者の荒木飛呂彦氏が描いた作中の描写と明らかに矛盾する内容が多々あるからである。
- スタンドパラメータとそれに付随する解説は、ジョジョが漫画雑誌に掲載される際の「煽り文」や次号案内の「ウソ予告」と同じく、荒木氏が関与せずに書かれている。
- そしてそれらと同類であるスタンドパラメータは、信頼性が低い代わりに「読者を楽しませる」ことには成功しており、それが存在価値といえる。
スタンドパラメータは、「ジョジョの奇妙な冒険」第5部「黄金の風」の連載開始以降、作中に登場したスタンドに対して単行本や画集で公開されるようになった情報である。
この情報は、まず各スタンドの「破壊力」「スピード」「射程距離」「持続力」「精密動作性」「成長性」の6項目を「A」から「E」の5段階で評価し、その後に「スタンド能力の簡潔な解説」が付随する書式になっている。
なおA〜Eそれぞれの目安は以下のとおりである。
- 超スゴイ(超凄い)
- スゴイ(凄い)
- 人間並
- ニガテ(苦手)
- 超ニガテ(超苦手)
スタンドパラメータは、ジョジョ5〜6部の単行本では、作中で新たなスタンドが登場するたびに掲載されている。
しかし7部の単行本では、いったんスタンドパラメータはなくなり、中盤からは6項目のパラメータが省かれた、スタンドイラストと解説だけの形で復活している。そして以降はこの書式で9部現在まで続けられている。
ただし、単行本では6項目のパラメータは廃止されたが、8部開始後の2013年に発売されたジョジョの画集「JOJOVELLER」に付属するスタンド解説本の方には、7部以降のスタンドのパラメータも掲載されている。
また5部以前の3〜4部に登場するスタンドのパラメータは、6部開始時期の2000年に発売された画集「JOJO A-GO!GO! 」に付属するスタンド解説本で公開されている。
ちなみに「JOJO A-GO!GO! 」に掲載された5部のスタンドのパラメータは、単行本のそれと同一である。また「JOJOVELLER」に掲載された3〜5部のスタンドのパラメータは、「JOJO A-GO!GO! 」のそれと同一である。
このような形で公開されたスタンドパラメータとスタンド解説は、当然ながら「公式の情報」である。しかしこの公式情報には色々とおかしい点がある。
まず6項目のA〜E評価について、その対象が「スタンドヴィジョンとして現れるもの」か、「スタンドが行使する能力のもの」かがはっきりしない。
例えばパラメータの「C」は上述したとおり「人間並」である。それを踏まえると、人型のヴィジョンを持つスタンドの「破壊力」と「スピード」のA〜E評価は、スタンドヴィジョンに対して人間を基準に与えられたものということになる。ゴールド・エクスペリエンスやスティッキィ・フィンガーズのスピードは「A」評価だが、これは両者のパンチの速さが人間よりはるかに上だからというわけである。
しかし後に登場するザ・グレイトフル・デッドのスピードは「E」評価であるが、これはスタンドヴィジョンの評価としては明らかにおかしい。(ほぼ)人型であるこのスタンドは、作中でスティッキィ・フィンガーズと戦い、防戦一方ではあったがS・フィンガーズのパンチの連打を両腕で防御しきっている。その腕のスピードが「人間並」より2段階劣る「E」であるはずはない。
このことからザ・グレイトフル・デッドのスピードの「E」評価は、このスタンドが持つ「周囲の生物をじわじわ老化させる能力」のものと考えざるを得ない。つまり上述したゴールド・EやS・フィンガーズとは評価対象が違ってしまっている。
また「破壊力の評価」では、4部のシアーハートアタックは「A」になっている。この戦車型スタンドは直径10cmほどしかなく、その突進力は(非力なスタンドである)エコーズACT2と押し合いをして少し上回る程度しかない。このことから「A」評価はスタンドヴィジョンのものではなく、このスタンドが持つ「爆発する能力」の評価としか考えようがない。
しかし同じ4部のザ・ハンドの破壊力は「B」評価になっており、こちらは間違いなくスタンドヴィジョンの方の評価である。ザ・ハンドが持つ「空間を削り取る能力」は、鉄の門扉すら砂場の砂のように削り取ることができ、その破壊力評価は「A」以外ありえない。ゆえに「B」評価は、ザ・ハンドが能力を使わずに殴るなどした場合のものと考えざるを得ない。
このように公式設定であるスタンドパラメータのA〜E評価には一貫性が見られない。
そしてそもそも「スタンドをパラメータで表す」というこの試みは、ジョジョの作者である荒木飛呂彦氏が考えたことではない。これは荒木氏がいくつかのインタビューで答えているとおり、5部の連載開始に合わせてジョジョの担当編集者が交代した際、その編集者が発案したものである。
そして各スタンドパラメータの評価値とそれに付随するスタンド解説は、おそらくその編集者が書いている。
そして荒木氏が書いているわけではないスタンド解説の中には、ジョジョ作中の描写と明らかに矛盾しているものがある。以下にそれらのうち特にわかりやすいものを、いくつか挙げていく。
エアロスミス
エアロスミスは機銃を備えたラジコンサイズの戦闘機型スタンドである。そしてこのスタンドの解説では、「精密な動きはできないのでメチャクチャに攻撃しないと命中しない」とある。
この解説はおそらく、5部32話「ナランチャのエアロスミス その2」で、キレたナランチャが半暴走状態のエアロスミスでホルマジオを撃ちまくっていたときの、「狙いはあまり正確じゃない」というホルマジオのセリフを根拠に書かれた解説と思われる。しかしこの解説は明らかに間違っている。
例えば5部37話「ナランチャのエアロスミス その7」では、エアロスミスが遠く離れた自動車のガソリンタンクを正確に狙撃している。このときのナランチャとエアロスミスは、ホルマジオのスタンド能力で身長を数cmにまで縮められており、ガソリンタンクまでの2〜3mの距離は、彼の身長換算では50m以上にもなる。つまりナランチャはそれだけ離れた標的に、エアロスミスの機銃を正確に命中させたわけである。
そしてエアロスミスが正確な狙撃を行える理由は、作中の情報から簡単に説明できる。エアロスミスには「二酸化炭素」を探知する能力があり、本体のナランチャがこのレーダー能力を使うときには、自身の眼前に二酸化炭素の位置を映し出すモニターを出現させる。そしてこのモニターは、エアロスミスの攻撃時には、機体の正面をモニターの中心にしてCO2反応を表示する。
この手法を用いれば、モニターはそのまま「照準」となり、ナランチャはエアロスミスの機銃で正確に二酸化炭素の反応物を狙い撃てるわけである。
マン・イン・ザ・ミラー
マン・イン・ザ・ミラーは「鏡の中の世界」を作り出して、そこに他者を引きずり込む能力を持つ。そしてこのスタンドの解説では、「鏡の中の物質は「死の世界」のもので『マン・イン・ザ・ミラー』以外、絶対に動かすことはできない。鏡の中の人間が、衣服(物質)を身につけて動いているのは、精神エネルギーとしてのイメージである」とある。
この解説はおそらく、5部45話「マン・イン・ザ・ミラーとパープル・ヘイズ その6」での描写、フーゴが鏡の中の世界では物を動かせないとジョルノに説明し、実際ジョルノは石畳に落ちていた鍵を動かせず、しかしフーゴやジョルノは衣服を着たまま動けていることに対する解釈として書かれている。しかしこの解釈は間違っている。
この解釈に対する反証としてはまず、5部40話「マン・イン・ザ・ミラーとパープル・ヘイズ その1」で、フーゴが鏡の中の世界に引きずり込まれたとき、フーゴの腕時計が元々付けていた左手首ではなく右手首に、文字盤が反転した状態で付いていたことが挙げられる。もしこの腕時計がフーゴのイメージであるなら、フーゴが左腕だと認識している側の手首に、文字盤が反転せず付いていなければおかしい。
またそもそも鏡の中に引きずり込まれたフーゴの衣服が、鏡の中に無く、鏡の外にも残っていないなら、それはどこに行っているのか、そして能力が解除された時になぜフーゴの体に着用された状態で戻ってくるのかという説明もつかない。
以上の問題を踏まえ、なぜ鏡の中に引きずり込まれた人間が、衣服を身に着けたまま動けるかは、別の解釈で簡単に説明可能である。
結論から言えば、マン・イン・ザ・ミラーが作り出す「鏡の中の世界」に存在する物質のうち、動かせないのは「鏡の外の世界のコピー」として鏡の中にある物質だけである。それらはいわば、ゲーム世界内の固定オブジェクトのような状態であるため、動かすことができないのである。
これに対して、鏡の中に引きずり込まれたフーゴたちの衣服は、鏡の中に「オリジナル」がある。そしてそれらはコピーされた物質が受ける制約とは無関係である。このためフーゴたちはそれらを着用したまま普通に動けるわけである。
以上のように、スタンドパラメータとそれに付随する解説は、公式情報ではあるが信頼性はかなり低い。しかしこの公式情報には、信頼性とは別の存在価値がある。それは「読者ウケ」である。
ジョジョに限らず漫画作品の目的は言うまでもなく、「読者を楽しませること」である。そして漫画作品は、作者(とアシスタント)の手で完成されたものだけが読者に提供されるわけではない。例えば漫画が雑誌に掲載されるときには、各回の扉絵や最後のページに編集者の手で「煽り文」が入れられる。また雑誌の次号案内ページに「漫画の次回の内容」が予告されることもある。
それらの目的もまた「読者を楽しませること」にある。
しかし作者以外の手で書かれたそれらの煽り文や次回予告は、頓珍漢な内容だったりウソだったりすることが割と多い(少なくともジョジョが連載されていた頃の週刊少年ジャンプではそうである)。
こういったことが起こる原因は、大まかに2つあると推測される。1つは「連載で忙しい作者に確認作業の手間をかけさせないため」。もう1つは「的外れな内容でも特に実害がないため」である。前述したとおり漫画作品の第一目的は「読者を楽しませること」であり、「内容の正確さ」は二の次三の次でしかない。
ともあれ彼ら出版社側の人間は、漫画の作者とは別の形で「読者ウケ」を追求し、作品に外部からいろいろなものを付け足す。それらは良くも悪くも、業界内で長年かけて試行錯誤された結果である。
以上を前提に、担当編集者の発案で始められ、作者の荒木氏以外の手で書かれている「スタンドパラメータとそれに付随する解説」も、煽り文などと同類のものである。ゆえにその内容には前述したとおり多くの間違いがある。しかし一方でそれは、「読者を楽しませる」という観点から見れば成功している。
まずそれらは「公式の情報」として、読者間でスタンドを議論する際に「共通した前提」として扱うことができる。また画集の付録のスタンド解説本では、ジョジョ本編ではあまり触れられることのない「スタンドの外観や能力の分類」も行われており、これも読者の需要を満たしている。またこのスタンド解説本では、6項目のスタンドパラメータは「円グラフ」で描かれており、これは各スタンドの解説ページの見栄えを良くしてハッタリ的な説得力を持たせるのに寄与している。
このようにそれらは、「ジョジョ」という漫画作品を盛り上げる上では、確かな存在価値を持っている。
なおここで1つ付け加えておくと、これらの作成に作者の荒木氏が関われば、もっと良いものができるかというと、話はそう単純でもない。
ここでは詳しく説明しないが、スタンドには作中で語られていない複雑な設定が多数存在し、正確に解説しようとすると膨大な文章量が必要になる。そしてそこまで複雑なものは大半の読者の需要に合致しない。それならば作者以外の人間が、一読者の視点から低い解像度でまとめたほうが、却って読者にとって親しみやすい内容となる。
また荒木氏は、公式のスタンドパラメータやスタンド解説に誤りが含まれていることを、たぶん問題とは考えていない。このことは、これらと同じく外部の人間の作業によって生じた誤りである、「セリフの誤植」に対する荒木氏の反応から推測できる。
ジョジョには「セリフの誤植」がわりとたくさんあるが、最も有名といえるのが、1部1話で愛犬ダニーをディオに蹴られた時のジョナサンのセリフ「何をするんだァーッ」が、単行本化の際に「何をするだァーッ」に誤植されてしまった件である。
これに対して荒木氏は、「ジョジョメノン」2012年10月号のインタビューで、「(この誤植は)何かいいなと思ったからずっと直させなかった」と語り、文庫版で修正されてしまったことに対して「そのままでよかったんですけど」と語っている。
このように荒木氏は、外部の人間によって生じた情報の誤りを、それが「作品の本来の姿を損なう」場合ですら、非難せず、逆に好意的に語ってさえいる。おそらくその基準は「自身や読者を楽しませることができているかどうか」なのだろう。
その基準からすれば、担当編集者の発案で始められたスタンドパラメータは、読者からの反響を見れば十分合格点というわけである。