「波紋法」と「闇の眷属」そして「スタンド」の時代へ

ジョジョの物語は知ってのとおり、1〜2部の「波紋編」と、3部以降の「スタンド編」とに分けることができる。スタンド使いは1〜2部以前の時代にも、スタンド能力を引き出す「矢」を作り出した古代人や、500年前に妖刀「アヌビス神」をこしらえた刀鍛冶など、散発的には存在していた。しかし地球上にスタンド使いが大量に現れ始めたのは、3部が始まった1980年代以降になってからである。

そしてスタンド使いの増加がこの時代から始まったのには「歴史的な必然性」がある。ただそれを説明するにはまず、「人」という生物に宿るある力のことから説明しなければならない。

人間には思考や修練によって高度な「技術」を生み出す力があり、技術によって道具を生み出し、環境を改造し、文明を発展させてきた。だがこれら技術を「目の前の問題の解決」に使うだけでは、人類の文明は現代のレベルにまで発展できなかった。人間には「技術」を包括して発揮される「さらなる力」がある。それは、「技術」と「幻想」を組み合わせて、新たなものを「創造」する力である。

例えば人は遥か昔から「空を飛びたい」という幻想を抱いており、それは技術の発展の中で幾度も試みられた末に、「飛行機」として創造された。人は「願う」ことなくしては飛行機械を作ることはなかったが、「願う」だけでも空は飛べない。「願い」と「技術」が噛み合った時に、願いは初めて実現される。

そして人は「空を飛ぶこと」以外にも、常に無数の幻想を抱き、それらを実現しようと試み続けている。その集積が人類を先へ先へと進ませ、今の世界の文明や文化を生み出してきたのである(ちなみにこの「技術と幻想が新たなものを創造する」という論理は、神秘学では「アイン・ソフ・オウル」と呼ばれ、そしてアイン・ソフ・オウルは「生命の樹」にまつわる概念であるのだが、ここでは深くは触れない)。

ジョジョの世界には「波紋法(仙道)」と呼ばれる力がある。これは肉体に宿る生命エネルギーを修行によってコントロールしてさまざまな肉体能力を生み出す、上記3つのうち「技術」に属する生命能力である。

またジョジョの世界には「闇の眷属」と呼ばれる、人に似た悪しき生物たちが存在する。彼らが持つのは上記3つのうち「幻想」に属する生命能力である。彼らは本来なら現実には存在できない力を、不正な外法によって自らの肉体に宿す。作り変えられた彼らの肉体は半ば幻想の領域に在り、それゆえに彼らは神話の怪物のごとき力を発揮し、また超常的な肉体変化を可能とする。

そしてジョジョ3部以降に登場する超能力である「スタンド」は、これら2つに続く「第3の生命能力」であり、これら2つの「技術」と「幻想」から「創造」された力である。空を飛ぶことを夢見た人類が飛行機を創造したように、ジョジョの世界の人類は幻想を外法に頼らず実現する力としてスタンドを創造したのである。

ちなみにスタンドは3部初期では「幽波紋」と称されることがあったが、この「幽」はおそらく、半ば霊的な存在である闇の眷属を指し、つまり幽波紋(スタンド)が2つの力を起源としていることを表していると推測される。

ただしスタンドは波紋法と闇の眷属を起源とはするが、その性質はどちらともかなり異なる。これは飛行機という機械が、「人間の空想の中にあった頃の姿」(例えばレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた飛行機械)や、「飛行を目的としない人間界の他の道具」とはかなり異なるのと同じことである。スタンドは基本的に肉体ではなく生命エネルギー体を出現させることで操られ、また波紋法を弱点とするDIOもその身を侵されずに獲得できる。

また「技術の力」で実現されている生命能力であるスタンドは、かなり複雑な理論と法則のもとに存在している。これは飛行機が複雑な構造を備え、複雑な物理法則に従って空を飛ぶのと同じことである。

初めに語ったとおり、スタンド使いはジョジョ2部以前の世界にも存在したが、その数が本格的に増え始めたのは3部以降である。この理由は単純には、スタンド能力を引き出す道具である「矢」が1980年代に発掘されたからである。だが真の理由はそれではない。

真の理由は、ジョジョ2部で闇の眷属の最終進化形である「究極生命体」が誕生し、人類がそれを打ち破ったことにある。ジョジョの世界の人類史におけるこの大事件によって、その先の時代に生きる人類は、「技術」と「幻想」2つの力から生まれる「スタンド」を、より簡単に獲得できる「資格」を得たのである。矢の発掘はこの出来事から数10年を経て世代が交代し、生まれながらに資格を得た者が多数存在する世界になったことに伴い、運命的に起こったに過ぎない。

なおこれに関連して、ジョジョの世界には個々人の体験が共有される霊的領域、いわゆる「集合無意識」と呼ばれる領域が存在する。本来ならジョセフ・ジョースターを中心とした限られた者の体験でしかない「究極生命体の撃破」は、この領域を通じて人類全体に共有されたわけである。

またジョジョの世界では「スタンド」という単語が、ジョジョ3部のエンヤ婆やジョセフ・ジョースター、ジョジョ7部のマウンテン・ティムなど、別々の時と場所で名付けられたにも関わらず同じになっているが、この理由は彼らが意識せずに集合無意識からの影響を受けたためであろう。

スタンド編の始まりであるジョジョ3部には、「タロットカード」と「エジプト9栄神」そしてそれ以外の3体のスタンドが登場する。これらは「生命の樹」という概念に深く結び付いている。さらにこれら始まりのスタンドたちは、地球上におけるスタンドの「原子」とでも呼ぶべきものたちでもある。

そしてこれら「スタンドの原子」から始まるスタンドの歴史は、宇宙の歴史において物質原子が化合して複雑な物質を生むかのように、ジョジョ4部以降では段々と複雑な能力を生み出していく。そしてそれは、スタンドを生み出す人間の精神の複雑化、人類の精神的進化を表すものでもある。