SBR世界で書き換わる「過去」と「記憶」

当ページの要点

  • ジョジョ7部の世界には「並行世界」が存在する。
  • また7部の世界には9つに分かれた「聖なる遺体」が存在し、そのそれぞれは別々の世界に存在する。
  • そして遺体の各部位が出会う時、2つの世界は融合し、世界の「過去」と「記憶」が書き換わる。
  • その書き換えによって、7部の登場人物たちの過去は「深み」を増していく。

ジョジョの奇妙な冒険第7部「スティール・ボール・ラン(SBR)」は、ジョジョ1〜6部の世界が「時の一巡」によって再構成された世界を舞台とする物語である。そしてこのSBRの世界には、1〜6部の世界には無かった「並行世界」が存在している。

ジョジョ6部で世界の崩壊と再構成を引き起こしたスタンド「メイド・イン・ヘブン」は、人類の未来の可能性をたった一つに収束・固定することで、人類に「永遠の幸福」をもたらすための能力だった。しかし結果としてそれは不完全に終わる。その結果、世界は収束の力の反作用で逆に、可能性を大きく拡散させてしまう。この「拡散された可能性」こそが、SBR世界に存在する無数の「並行世界」である。


SBRの世界には、まず「基本の世界」と呼ばれる核となる世界がある。この基本世界こそが、SBRの物語が紡がれる舞台であり、読者が見る世界である。そして無数の並行世界は、基本世界を取り囲んで分布している。そしてこれら並行世界は、基本の世界との差異が少ないほど基本の世界の近くに位置し、逆に大きく異なる世界ほど遠くに位置する。

ただしこの無数の並行世界は、4次元的な時空間のどの方向でもない方向に存在するため、基本の世界に生きている者たちは並行世界の存在を知らない(また並行世界の者たちも基本の世界および別の並行世界の存在を知らない)。SBR世界で並行世界の存在を知るのは、「並行世界を行き来できる」スタンド能力「D4C(ディー・フォー・シー)」を持つファニー・ヴァレンタイン大統領と、彼の能力を体験した者だけである。

D4Cとヴァレンタイン大統領

またこのSBRの世界には、1〜6部の世界には無かったものが他にも存在する。それは「聖なる遺体」と呼ばれるミイラ化した聖人の遺体である。聖なる遺体は作中で語られているとおり、「左腕」「心臓」など9つの部位に分かれている。そしてそれらのうち、元々基本の世界に存在していたのは、最初に発見された「心臓」だけであり、残りは並行世界に存在する。

聖なる遺体(左腕部)

SBRでは最初の遺体部位である心臓が次の遺体部位がある場所のヒントを示し、そうして遺体部位が1つ1つ「基本の世界」に揃っていく。そしてその際には、基本の世界と並行世界との「融合」が起こっている。

そしてこの世界の融合によって、基本の世界における「過去」の物理的事実と、基本の世界に生きている者たちの「記憶」は書き換わっていくのだが、これについては後述する。


ここで少し話を変える。人が考えた思考実験の1つに、「世界5分前仮説」というものがある。その内容は、我々が生きるこの物質世界は今から5分前に全てが出来上がった状態で始まった、そう考えることに何の矛盾もないというものである。

これが真実だとした場合、5分より前の物理的な過去は実際には存在せず、我々が世界の中に見る「過去の痕跡」や脳内の「記憶」は、まるでゲーム世界内の初期状態のように、そう設定されて始まったに過ぎないということになる。

この仮説は証明も否定も不可能な、あくまで思考実験でしかない。しかし人の作り出す「物語」ではこれと似たことが起こっている。物語の世界はキャラクターや舞台設定を用意された上で、第1話を始まりとして「創造」される。ただし、物語世界における「過去」は5分前仮説のそれのように厳密ではなく、回想シーンなどとして描かれる時までは「曖昧な形」でしか存在しない。


この考え方を用いるとSBRの世界が創造されたのは、SBRの第1話として描かれた、西暦1890年の9月頃ということになる。しかし、SBR世界でのそれはもう少し変則的である。

SBR世界はおそらく、先に説明した「聖なる遺体の心臓」が、アメリカ大陸西端の砂漠でファニー・ヴァレンタインの体に入り込み、その体内で「鼓動」を打ち始めた時に創造され、時を刻み始めた。そしてヴァレンタインは心臓がある「基本の世界」で、政治家としての地位を固めながら次なる遺体部位を探し求め、それが後にアメリカ大陸横断レース「スティール・ボール・ラン」の開催につながることになる。

ヴァレンタインに拾われた心臓部位

そしてSBRレースで次なる遺体部位が発見されると、近づいた2つの水滴がくっつくように、基本の世界と次なる遺体部位がある並行世界が融合する。そしてそのたびに基本の世界の「過去」は、融合した遺体部位の世界の過去と混じり合って書き換わる。また世界の住人が持つ「記憶」もそれに応じて書き換わる。

SBR作中では、最初サンドマン(砂男)と呼ばれていた男の本名がサウンドマン(音を奏でる者)に変わったり、SBRレースが初対面だったはずのジョニィ・ジョースターとディエゴ・ブランドーの間に過去の面識があったことになったりしている。これらは矛盾ではなく、他の遺体部位の世界から持ち込まれたか、世界の融合の際に生じた過去なのである。

部族の仲間に「砂男」と呼ばれるサンドマン
「音を奏でる者」が本名と語るサウンドマン

このような「過去と記憶の改変」は見方によっては、そこに生きる者の「精神的な核」とでも呼ぶべきものを大きくぶれさせているようにも見える。しかしそれは正しくない。SBR世界での改変は原則として、精神的な核を「深める」方向にのみ起こる。

例えばジョニィ・ジョースターには「父親に見捨てられた」という過去があり、レース開催前の回想ではそのきっかけは下半身不随になった事件であった。しかしSBR第5ステージの回想では、そのきっかけはもっと若い時代に端を発する、より複雑で根深いものとなっている。

このようにSBR世界では、世界の融合が進むほどに、そこに生きる者たちの「過去の背景」は複雑化していく。そして全ての遺体部位が揃った時、SBRの世界とそこに生きる者たちは「真の姿」となって完成する。それは例えるなら、彫刻家が石の塊から最初は大ざっぱに、そして段々と細かく形を削り出して完成させるさまに似ている。

なおSBRのレーススタート時にお披露目された、「優勝カップを埋め込んだ聖氷」は、あるいはこの彫刻の喩えのように、溶けていく氷が何らかの形を作り出すなどする予定だったのかもしれない。もっとも世界の融合によってその予定は書き換えられたらしく、重要性を失った聖氷はその後描かれることはなかった。

スティール・ボール・ランの「聖氷」

このようにSBRの世界は、終盤に向かうほどに完成に近づき、曖昧さを失って「たった1つの姿」へと近づいていく。そしてそれによって、最初は巨大な風船のようだった並行世界群は、だんだんと小さく「収束」していく。

ところでヴァレンタイン大統領には、初登場時の小太りの体型が、終盤に向かうほどに痩せて引き締まっていくという現象が起こっている。この変化はおそらく、「並行世界を移動できる能力」を宿す彼の体が、「並行世界群の収束」に呼応して起こったものと考えられる。

7部序盤の太った大統領
7部終盤の痩せた大統領

SBR世界に生きる主要な登場人物たちは、主人公であるジョニィとジャイロを始めとして全員が、過去すら書き換えて深められていく「宿命」を背負っている。そして彼らはこの根深い宿命に立ち向かい、乗り越えようとしている。その「今」と「未来」こそが彼らの生きざまであり、生きる目的であり、そしてSBRの物語が紡がれる意味である。