技術なき「幻想」はただ空をたゆたう光のごとく。
スパイス・ガール SPICE GIRL
本体名:トリッシュ・ウナ <Una:一つ>
ディアボロの娘、プロフィールJC63巻P166
能力:物質を「柔らかく」して壊れなくする
スタンド形成法 | 射程距離 | パワー | 射程・パワー増加法 |
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身体同形体 | 5m | 高 | 半操作分離 |
当ページの要点
- 人がこの世に全く新たな何かを「創造」するには、新たなものを思い描く「幻想」と、それを現実化する「技術」が必要である。
- この論理は神秘学において「アイン・ソフ・オウル」と呼ばれる。
- スパイス・ガールはこれら「技術」「幻想」「創造」のうち、「幻想」を暗示するスタンドである。
- スパイス・ガールは紙を水に浸すように物質に幻想のエネルギーを流し込み、柔らかくする能力を持つ。
命の幻想「アイン・ソフ」
宇宙・生命・人類・個人など、この世界の中で進化・成長する全てのものが、成長する際に辿る変化の共通性を図像化したものである『生命の樹』。ジョジョ3部のスタンドに深く関係するこの生命の樹には、それにまつわる概念の1つとして、「アイン・ソフ・オウル」と呼ばれるものがある。
アイン・ソフ・オウルは人が世界の中に、「全く新たな何かを創造する」術を示した論理である。その論理は極めて簡単で、「創造」は「技術」と「幻想」が噛み合わさって行われると説明される。この好例は「飛行機」の発明である。かつての人類は「空を飛びたい」と強く願い、持てる技術のすべてを用いて試み続けた結果、それを創造したのである。そしてこの3つのうち、「幻想」の力は「アイン・ソフ」(Ain Soph:無限)と呼ばれる。
「幻想」というものは、現実世界に存在するものが人の心の中で簡略化されたり、混ざり合ったりして作り出される。例えば人は地面を見て平面を思い浮かべるが、実際の地面はもっといびつな形をしている。人は心の中で地面を簡略化して平面という幻想を得るわけである。
また人は空を飛ぶ鳥に自分を重ねて空を飛ぶ自分を思い浮かべたりもする。これは心の中で2つのものを混ぜ合わせて得られる幻想である。そしてこの幻想の姿や構造は具体的である必要はない。
幻想の中では人の想像力が及ぶ限りのあらゆるものが存在できる。そして物理的な限界に縛られないそれらは、現実世界のものより理想的で美しい。しかしそれゆえにそれらはそのまま実現できるものではない。この観点から見たアイン・ソフはさながら、鎖で縛られた奴隷が自由と幸福を得た自分を夢見る行為でしかないのである。
例えば鳥が実際に空を飛んでいるように、現実世界に存在するものを使って幻想を作り上げることは不可能ではない。ただしそのためには不屈の努力はもちろん、現実のいびつさや醜さが幻想を汚すことを受け入れる覚悟も必要である。そしてそのとき幻想は、現実を自由自在な想像力でこねくり回し、人をいつか奴隷の鎖から解き放つ力となるだろう。
スタンド解説
巨大ギャング組織「パッショーネ」のボスであるディアボロ、その娘トリッシュのスタンド。その姿はトリッシュと同じ女性体型の人型スタンドであり、胸は柔らかく膨らみ、腰は細くくびれ、かかとはブーツを履いたように高くなっている。またその胴体と下腿部の表面にはアーチ型の門のような模様がいくつも描かれ、股間部の前後は腰蓑を思わせる飾りで隠され、肩・肘・膝にはプラス記号(+)の形の盛り上がりがある。そしてその顔の眼光は鋭くどことなく邪悪で、額から頭頂部にかけては四則演算記号(÷+−×)の形の穴が開いている。
そしてこのスタンド体にはトリッシュとは別の「人格」が宿っている。それはトリッシュがスタンド使いになるずっと前の幼いころから、彼女の中に認識されることなく存在していた。それは現実世界の「いびつさ」や「汚らわしさ」とは無縁の「理想」や「幻想」の領域に隠れ潜んでいたが、トリッシュが不浄な現実と戦う強い意志を持ったことで表に現れ、彼女のために戦う。
スパイス・ガールの能力は「理想」や「幻想」のエネルギーを現実世界の物質に流し込むことで発揮され、その物質を「柔らかく」する。そしてその柔らかさの性質は多岐にわたる。それは例えば数学で、ある数式をこねくり回して、内容は同じだが見栄えの全く異なる数式に変換するのと似ている。それと同じようにこのスタンドは、物質の中身の情報は変えないまま、形状や外部からの力に対する挙動だけを変えることができる。
スパイス・ガールが与える柔らかさの最も特徴的な性質は、「対象の構造を維持できる」ことである。この性質は例えば「時計」に対して非常にわかりやすく働く。
「時計」とは言うまでもなく、時を知らせる目的のために設計された機械である。そして時計が時計たる理由はそれを作り出す物理的な「材料」とは無関係で、概念的な「構造」にこそある。「構造」という概念は理想や幻想の領域に属するものであり、「時計という構造」を物質で作り出したものが「物理的な時計」なのである。
スパイス・ガールは「幻想のエネルギー」を流し込んだ物質に対して、それの持つ構造を絶対のものとして強固に保つと同時に、物理的には弱体化させる。この結果その物質はコンニャクのように形を維持しつつも柔らかくなる。そしてこの能力で柔らかくされた時計は、外部からの力でどれだけ変形または伸縮させられようと壊れることはなく、また歯車の噛み合いが外れたり、針の進みが妨げられることも起こらず、延々と時を刻み続ける。
さらにスパイス・ガールはこれ以外にも、さまざまな「柔らかさ」を物質に与えることができる。またこの能力を受けた物質は上述したとおり基本的に壊れなくなるが、逆に柔らかさによって壊れやすくすることも可能である。つまりスパイス・ガールの能力効果は時に相反することもある(数式で「加」と「減」、「乗」と「除」が逆であるように)。具体例を挙げると以下のとおりである。
- 柔らかさは時に、ゴムのように「壊れにくい」。
- 柔らかさは時に、紙のように「破けやすい」。
- 柔らかさは時に、ゴム毬のように「変形しても元に戻る」。
- 柔らかさは時に、粘土のように「変形した形を保つ」。
- 柔らかさは時に、コンニャクのように「滑りやすい」。
- 柔らかさは時に、ガムのように「くっつきやすい」。
- 柔らかさは時に、のれんのように「力を受け流す」。
- 柔らかさは時に、トランポリンのように「力を跳ね返す」。
スパイス・ガールはその時々の状況に応じてこれらの性質を自在に操れる。ただし対象の構造を保持した上で柔らかくするこの能力は、対象の構造があまりに複雑すぎると能力を与えるのが難しくなると考えられる。このためこの能力は、「機械」程度に複雑な物なら問題なく使えるが、「生物」や「スタンド」ほど複雑なものにはあまり効かないと思われる。
ところでスパイス・ガールは作中で2度、その手で触れた物質表面を焼き溶かして「悪魔の手のような痕」を作っている。これはスパイス・ガールの能力のさらに根源、父親ディアボロから受け継いだ力の影響である。ディアボロはこの世界と真っ向から敵対する絶対的に邪悪な魂を持っており、彼のスタンド「キング・クリムゾン」はその身に「悪魔の力」を宿している。そしてキング・クリムゾンは「悪魔の力」が生み出す特性の一つとして、敵の体を焼きごてを当てるかのように容易く貫き、切り裂くことができる。
この邪悪な魂は、ディアボロと普通の女性との間に生まれたトリッシュでは弱まり無害化され、それが彼女に善でも悪でもなくただ幻想寄りの魂と能力を与えている。しかしその性質は完全に失われているわけではなく、半ば暴走気味に能力が発揮された時だけ、その手はキング・クリムゾンのように触れた物質を焼き溶かすのである。
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