空条承太郎とDIOの「テレポート」能力
空条承太郎は、ジョジョの奇妙な冒険第3部「スターダストクルセイダース」の主人公であり、スタンド「スタープラチナ」の本体である。そしてスタープラチナは、承太郎がそれを制御できていなかった3部序盤に、承太郎のいる留置場の牢屋内に、どこからか勝手に承太郎の望む物、例えばビール、ラジカセ、オカルト書、ギター、バーベルなどを運び込んでいた。
しかしスタープラチナの射程距離はたかだか2mであり、制御できていなかったことによる射程増加があるとしても、これらの物を持って来れるほどの射程は実現不可能である。またこうして持ち込まれた物の中には、サイクリングマシーンなど鉄格子の幅を通らない物もある。さらに警察署の職員には、スタープラチナは見えなくとも運ばれている物は見えるはずだが、その目撃例もない。これらは一見すると不可解であり矛盾である。
実はこれは、承太郎自身も自覚しないスタープラチナの「隠された能力」によるものである。そしてそれを説明するにはまず、ジョジョの世界で承太郎という人間が、非常に特殊な存在であることから語らねばならない。
ジョジョ1部の終わりでディオが語ったように、ジョジョの世界には運命を操る「神」が存在する。それは物質世界とは異なる「霊的世界」の奥深くにあり、そこから物質世界に働きかけている。
「神がいる領域」と「物質世界」とは非常に遠く離れており、それゆえに神は物質世界全体を俯瞰し、大局的に導ける。しかしそれゆえに神はそこに生きる人間の一人一人までは認識できない。それがジョジョの世界の神の性質である。
しかしこの例外となる人間が存在する。それは「ジョースターの血統」のように並外れて強い「魂の輝き」を放つ人間である。昼間の空でも明るい星が見えるように、燦然と輝く魂は神の目を強く引きつけるのである。
そして神は世界を導くにあたって、ジョースターの人間を活用し、また守ろうともする。これは例えば人が行動するにあたって、自らの手足を強く意識し、活用し、また周囲の物に不用意にぶつけたりしないように気を配るのと同じ理屈である。
こうしてジョースターは神の導きのもと、ジョジョの世界で起こる超常的な事件に深く関わる使命と、神に守護される特権を得ることになる。
空条承太郎はジョースターの血統の中でも最大級の「魂の輝き」を放つ者であり、それゆえに神からの作用も一段と強い(それは例えば彼の異常な強運として表れている)。そして神からの作用は彼のスタンドに対して、ある条件下で「極めて特殊な現象」を引き起こす。
その現象とは、承太郎が自らのスタンドを「認識していない」とき、スタンドの操作権を神が握って動かせることである。これによって神は、通常より強力で即物的な運命操作を行える。そしてこの状態のスタープラチナは、承太郎の操作時とは違った性質を見せる。
通常スタンドは物質世界に出現している時に力を行使する。しかし神が操作するスタープラチナは霊的世界内で力を行使する。これは神が霊的世界に住まい、その領域をこそ強く認識できるからである。そして霊的世界で活動するスタープラチナは、そこから物質世界の物体に手を伸ばして霊的世界へと引き込み、その物体を物質世界の別地点へと置くことができる。
これはいわゆる「テレポート」「テレポーテーション」「ワープ」と呼ばれるたぐいの超能力である。そして神の力と承太郎の無意識が混在するスタープラチナは、承太郎の無意識の欲求を叶えるべくテレポート能力を行使する。
ただしこの能力にはいくつか制限がある。まずこの能力は、上述したとおり承太郎がスタンドを認識していない時でないと発動しないが、それに加えて物質世界の「物が消え去る瞬間」「物が置かれる瞬間」も誰にも認識されてはならない。神による非物質的な運命操作が誰にも気付かれないものであるように、この物質的な操作もまた、誰にも気付かれない時でないと発動しないようになっている。
また霊的世界でのスタープラチナの射程距離は物質世界内よりは広いが、それでも物を運搬できる範囲は限られており、おそらくは承太郎の半径数100m程度である。
ところでここまでは触れなかったが、神によるテレポート能力の保有者は空条承太郎以外にもう1名いる。それはジョナサン・ジョースターの肉体を奪った吸血鬼DIOである。彼も承太郎と同等の「魂の輝き」「神の加護」「人型スタンド」を有し、承太郎と同じ条件下でスタンド「ザ・ワールド」による無意識のテレポート能力を使える。
ではここからは、空条承太郎とDIOが作中で起こしたテレポート現象を1つずつ見ていく。
牢屋の承太郎への差し入れ
冒頭に挙げた、承太郎のいる牢屋内にさまざまな物が大量に運び込まれた現象は、まさにこのテレポート能力によるものである。承太郎はこの時点ではまだ自分のスタンドを「悪霊」と思い込んでほとんど制御できていなかった。それゆえにスタープラチナはほとんどの時間を神に操作され、活発に活動できたわけである。
棺桶へのDIOの避難劇
ジョジョ1部のラストで、ジョナサンとともに船の爆発で死んだはずのディオは、その実ジョナサンの肉体を奪ってシェルター用の頑丈な棺桶内に逃れていたことが、3部になって明かされている。
また1部では、棺桶の中に避難したのはエリナ・ペンドルトンと赤子一人だけと描写されていたが、3部では棺桶は実は「二重底」になっていたことも明かされている。
これらの描写から、DIOが二重底の棺桶の下側に入っていたのは疑いない。問題は、エリナが先に避難した棺桶の二重底の下側に、DIOが「どうやって後から入ったか」である。
この答えは「神がテレポート能力でDIOを棺桶の下側に移動させた」である。ジョナサンの肉体とともに爆風を受けたディオの頭部は、おそらく瀕死の状態でジョナサンの肉体を奪い、そこで意識を失った。そしてその瞬間「誰にも認識されていない」というテレポートの発動条件が整い、神がザ・ワールドを使ってDIOを救ったのである。
なおこの時点でのDIOは、当然スタンド能力には目覚めていないが、目覚める素質は備えており、これはジョジョ5部でDIOの息子ジョルノが幼少時に無意識にスタンド能力を使えたのと同じである。
またDIOの「転送先」が棺桶の二重底の下側だったのは、エリナの居た上側だとエリナに「認識されて」しまうからである。
ダービー兄戦でのジュース
承太郎はギャンブラーのダニエル・J・ダービーとのポーカー勝負の際に、「気付かれない内にカードをすり替えている」とダービーに誤認させるために、ダービーの隙を突いてスタープラチナでタバコに火を点けたり、ジュースを持ってきたりしている。
この内のジュースは、作中の描写を見る限りスタープラチナの射程内にあった物とは思えず、おそらくは承太郎の無意識に反応してテレポート能力で運ばれたものである。そして承太郎はかつての留置場内での経験から特段驚くこともなく、それを受け入れている。
マンホールヘの先回り
承太郎は3部ラストバトルのDIOとの戦いの途中で、あの手この手で逃亡しようとするDIOに追いつくため、DIOが逃げ込もうとしたマンホールの中に先回りするという行動を取っている。
しかし作中の描写を見る限り、地上をまっすぐ逃げていくDIOに対して、わざわざ地下の下水道を通って回り込むのは、非常に不自然な行動である。
これもまたテレポート能力、承太郎自身をマンホール内に移動させるテレポートによるものである。この時の承太郎はすでに満身創痍で直前には心臓を止めてもいた。それらによってほんの一瞬意識が遠くなるなりした隙に、承太郎の無意識に応じてテレポートが働いたと考えられる。
また転送先がマンホールの中だったのは、DIOがそこに逃げ込もうとしていたのもあるが、その場所がDIOや周辺住民に「認識されない」場所だったからである。
なおダービー戦のジュースの時もそうであるが、承太郎は自分の身に起こった明らかに不自然な幸運を、疑問なく受け入れる傾向がある。この理由は彼が、生まれてからずっと不自然な強運を体験してきた結果、自分の益となる不自然な現象はもう深く考えないよう心に染み付いているからなのであるが、ここでは詳しくは触れない。
このようにDIOのザ・ワールドと承太郎のスタープラチナは、彼らの意識外では「神」に操作され、「テレポート」という同じ能力を発揮する。そして彼らのスタンドは、彼ら自身によって操作される時も、「止まった時の中を動ける」という同じ能力を持つ。
これは偶然ではなく、「止まった時の中を動く」能力と「テレポート」能力が、深く結びついた能力だからである。
ザ・ワールドとスタープラチナは、「止まった時の中で自分や他の物体を動かす」ことができる。それはつまり「ゼロの時間で物体を別の位置に移動させる」ことであり、結果だけ見ればテレポート能力と同じことを行っている。それを表すかのように作中でのザ・ワールドは、能力の謎が明かされるまでは、「自分や他者を任意の場所にテレポートさせる能力」であるかのように描写されている。
ただしこの「ゼロの時間での物体への働きかけ」は、「止まった時の中を動く」能力と「テレポート」能力とで少し性質が異なる。物体への干渉に関しては、本体が操作する時のほうが多彩であり、物体を破壊したり火を点けたりといったことができる。またこちらは「誰かが見ている」場所でも物体を取り去り、置くことができる。
一方で物体の移動範囲に関しては、神が操作する時のほうが強力であり、承太郎の牢屋のときのようにはるか遠くから物体を持ってきたり、DIOの棺桶のときのように閉鎖された場所に物体を入れたりできる。
またこれまで述べてきたとおりザ・ワールドとスタープラチナは、本体の意識外では「神」によって間接的に操作される。これは言い換えれば、彼らのスタンドはその身に不完全ながら「神を降ろせる」ということである。
ちなみにDIOの右腕であったエンヤ婆は3部序盤に、DIOに「スタンドとは守護霊のこと」「あなたの守護霊はとてつもない力を持っている」と語っていたが、これは「神の力」を背後に宿すザ・ワールドの性質をよく言い当てている。
そしてこの「神を降ろす」力は、ザ・ワールドとスタープラチナに「さらなる進化の可能性」をもたらす。それは特定の儀式的手順によって、これらのスタンドに神を完全に降ろし、「神の写し身」を物質世界に顕現させることである。
ジョジョ6部に登場する「天国」を実現するスタンド「メイド・イン・ヘブン」や、ジョジョ本編とは異なる世界軸に登場する「真実を上書きする」スタンド「ザ・ワールド・オーバーヘブン」は、それによって生み出された存在である。